北大開示文書研究会のシンポジウム・出前講座

アイヌの遺骨はコタンの土へ 歴史的な再埋葬を語る集い

報告5 「遺骨返還の意義/先住権回復のスタート地点」

市川守弘 北大開示文書研究会、弁護士

市川守弘さん

 こんばんは。まず最初に報告いたします。残念ながらこの席には来られていないんですが、紋別の畠山(敏)さん(と北大との裁判が)がきょう和解成立しました。(拍手)

 中身は「紋別アイヌ協会に遺骨を返還する」。4体しかないんですけれども、その遺骨を紋別アイヌ協会に返還する、という和解内容です。細かくはまた第2部で報告できると思いますけれども。あと、浦幌(アイヌ協会が起こした訴訟)は恐らく来年2月以降に和解が成立して、紋別も浦幌も来年、遺骨が地元のコタンに帰ってくるということが実現すると思います。

 この遺骨返還の意義はどこにあるのか、ということですね。大きく2点あります。

 1点は、ここにいらっしゃる多くの和人は、「遺骨は誰が引き継いでいくものか?」ていうね……自分の家の家系を考えてもらって結構です。これ、「相続人」ですよね。たいがいは、日本人の場合には──和人の場合には──長男が「家を継ぐ」という形で、「先祖代々の墓」っていう墓を引き継いでいく。これが和人の考えであり、それを法律で定めているのが民法です。

 相続人の中で、たとえば長男とか、(だれが遺骨を引き継ぐのかを)決めなければいけないんですよね。それを祭祀承継者というんです。ですから、祭祀承継者以外の人が「骨を返せ」「遺骨を返せ」と言っても、「あなたは権利者ではありませんよ」っていうのが日本民法の立場です。だから(祭祀承継者以外の人から請求を受けても)返す必要がないんですね。

 「身元不明の遺骨」ってのがあります。かなりあります。北大(が所蔵している遺骨)のうち約1000体、ほとんどが身元不明の遺骨……てことは? 誰の何さんの骨か分からないから、その相続人すら分からない。となれば、日本民法──最高裁判所も同じ考えですが──は、相続人が誰かは全く不明な遺骨ってことになるから、「返せ」という主体──権利者──がいないでしょ、というのが日本政府、そして北大の考え方なんです。これは和人の法律に則った考え方になります。

 でも今回は、(法定相続人=祭祀承継者ではないのに)「コタンの会」という集団に返しました。紋別アイヌ協会という集団、浦幌アイヌ協会という集団にも遺骨を返す。身元不明の遺骨を含めて返すっていうことは、実は日本民法の立場からすればとんでもないことです(笑)。でもアイヌの人たちの側からすれば画期的なことなんですね。

 集団に返す──身元が誰か、相続人が誰かに全く関係なく、地元の集団に返すんだというのが、今回の(裁判和解)の大きな(意義の)ひとつんです。

 民法に反した和解というのは、裁判所は本来しないんですよ。それは無理ですよ、最高裁判例に反するような和解もそりゃできない(笑)。裁判所だって「それは最高裁の判例に反しますからね」って。

 でもそれを和解できたってことに、今回の大きな意義があるんですね。

 次に2つ目の問題。「集団に返す」っていうことがどういう意味を持っているのか。

 みなさん、資料集の中に最新版の『コカヌエネ』が入ってます。これを開いて……「先住民族の権利に関する国連宣言」の意義についての部分です。これをしゃべっているのは、私の恩師で、アメリカでインディアン法の研究をされているチャールス・ウィルキンソン教授です。僕はこの先生の下で3年間勉強しました。この先生をこの夏、日本に呼んで、札幌で講演してもらいました。ちょっと読みますね。

〈カギとなる論点は「グループの権利 group rights」です。起草の当初から、先住民族の権利は「公民権運動の立場の人たちの主張するような〝個人の権利〟にとどめてはいけない」という要望がありました。個々人の権利とは別に、グループとして行使できる権利の獲得が目指されたのです。UNDRIPは先住民族の個人および集団に対して、自己決定権、領土権、漁業権など自然資源に及ぶ権利、教育の権利、開発の権利、知的所有権、文化の権利、そして条約によって認められる権利のあることを宣言しています。〉

 この国連宣言の中に、「集団の権利」として、「遺骨の返還を受ける権利」もちゃんと明記されています。ということは、私たちは国連の先住民宣言を(「コタンの会」への返還実現によって)いわば実行したということです。2つめの意義はこれです。

 なぜ(これが重要)かっていうと、日本政府は、先ほど言いましたように、「集団の権利」を認めようとしないんですね。

 理由は「日本にはもうすでに(アイヌの)集団がないから」。コタンという集団はないから、集団の権利は認めません。だから文化に突出した「文化の権利」を認めましょう。あるいは福祉政策としてお金を供与しましょう──。

 このあいだ、ある新聞に北大の常本(照樹=北海道大学アイヌ・先住民研究センター長)教授が、まさに政府の委員をやっている方ですが、まったく同じことを述べていました。

 つまり日本政府は、この国連宣言とは全く異なる方向を向いて国内政策を行なおうとしている。

 でもこれは大きな間違いなんです。国連宣言は条約ですから、「条約の国内法化」というのが、条約締約国のすべてに求められているんです。国際的義務として、条約の中身を国内法として整備していかなくちゃいけない。とすれば、遺骨に関しても、「相続人あるいは祭祀承継者に返す」というのは(この方向性に)逆行しているんですね。

 そうではなくて、各地各地のコタンの集団、そこに返していくんだと。もし集団がはっきりしていない時は集団を作ることを日本国政府がバックアップする──そういう国内法を作らなければいけない義務があるんです。

 私たちは、「その義務を果たそうとしない国なんかもうあてにならない」「自分たちで実行する」──そういう意味で、国連宣言を私たちは実現してきた。これが2つ目の大きな意義です。

 この国連宣言を実行していく、「集団の権利」を認めさせていくことが、さらに次のステップにつながるわけです。漁業権の問題とか土地の問題とか、今まで明治政府以降、アイヌの人たちが奪われてきた権利・権限を具体的に取り戻していく。それは今後の課題になりますが、その第一歩を「遺骨の返還」で実現させた。

 だからこの3地域にとどまらず、道内の多くの地域でどんどん遺骨を返還させて、国連宣言と逆行する政府の流れを断ち切って、新しい流れ、本当の国際的な潮流をアイヌの人たち自らの手で勝ち取っていく──そういうターニングポイントにいま私たちは立っている、ということを強く訴えたいと思います。以上です。(拍手)


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