アイヌ遺骨の研究利用をめぐって

2018年10月1日

独立行政法人国立科学博物館
館 長 林 良博 様

国立大学法人山梨大学
学 長 島田眞路 様

北大開示文書研究会 共同代表 清水裕二
  殿平善彦
遺骨返還訴訟原告 小川隆吉
コタンの会 神谷広道
平取アイヌ協会員 木村二三夫
コタンの会副代表 山崎良雄
  葛野次雄
コタンの会事務局長 高月 勉
紋別アイヌ協会長 畠山 敏

ご回答への再質問状

今年5月、貴職に差し上げた私どもからの質問状に対する、貴職からの回答を受け取りました。私どもでいただいた回答を検討いたしましたが、納得できない多くの疑問点があります。ここに再度質問をさせていただきますので、よろしくご回答ください。

(1)

篠田氏並びに安達氏らによる論文N. Adachi, et al., “Ethnic derivation of the Ainu inferred from ancient mitochondrial DNA data”, American Journal of Physical Anthropology(165号)において、篠田、安達両研究者はアイヌのミトコンドリア遺伝子データを用いて研究を行ったと論述されており、私共は5月に差し上げた質問状で「DNAを検出するにあたり、コタンの構成員たるアイヌの了解を取る必要があったと考えられますが、両氏は了解を得ることなくDNA検出行いました。貴研究機関の研究倫理規定に悖る研究と言わざるを得ないと思われます」と指摘致しました。

これに対して、貴職は「同遺骨はDNA試料を採取するにあたっても、北海道ウタリ協会及び北海道教育委員会の関与のもとに実施」したと回答されました。私どもはすでに質問状の中で「両氏は研究に先立ち北海道アイヌ協会の了解を得たというのであるなら、北海道アイヌ協会は任意の道内のアイヌの集まりであって、遺骨が発掘されたコタンの構成員とは無関係」であると指摘しています。まして、北海道教育委員会に許諾の権限があるはずもありません。質問の文脈を無視した回答は不誠実と言わねばなりません。

2014年に文部科学省と厚生労働省は「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」を作成しましたが、人(から取得された試料)を対象とする研究は、研究対象者からインフォームドコンセントを得ることを条件にしています。死者などの場合は「代許者等」の承諾となりますが、代許者は「研究対象者の意思及び利益を代弁できると考えられる者」でなければなりません。また研究者は、代許者の選定方針を研究計画書で説明する必要があります。

両研究者の研究は指針作成以前の研究ではありますが、この指針に準拠した行動をとるべきことは、研究者の倫理的自己判断において当然でありましょう。

両研究者が利用した当該遺骨のDNA試料採取の承諾を得るべき対象は、浦河町、伊達市など、かつて遺骨が埋葬されていた23の市町村に在住するコタンの構成員たるべきアイヌです。アイヌ遺骨を研究しようとする研究者は、遺骨となった死者の末裔たるその地域のアイヌに対して、遺骨の研究利用を丁寧に説明して、承諾を得る責任があります。安達、篠田両研究者は死者の末裔たる地域のアイヌに対して承諾を得るための努力をしたとは言えません。先祖の遺骨が傷つけられたのは、傷の大小が問題なのではありません。あなたの先祖の遺骨が他者によって傷つけられたらどう思いますか。直ちに現地を訪れて謝罪すべきではありませんか。その意思をお持ちでしょうか、お尋ねします。

回答には「出自が明確なご遺骨のみを研究対象にした」と書かれています。とすれば「北海道教育委員会が札幌医科大学に寄託した」遺骨の「出自」について、両研究者は十分承知して研究試料として利用したのでありましょう。それであるなら、リストに示された115体のアイヌ遺骨に関して、その遺骨は何時、どこから、どのように発掘されたのでしょうか。お知らせください。

出自が明らかなら、直ちに現地に出向いて、詳細な説明を現地の遺骨の末裔たるアイヌにするべきであります。

DNAに関する情報は極めて重要な個人情報であり、特別慎重に扱われるべき情報です。採取されたDNA情報は、現在どう管理され、秘密の保持がなされているのでしょうか。その取扱いについても、当該コタンの末裔たるアイヌに説明するべきです。重ねて現地に出向き、当該遺骨の末裔たるアイヌに誠意ある丁寧な説明をされるよう、強く要求致します。


(2)

私どもは質問状の中で、浦河町東栄遺跡で発掘され、研究に利用された34体の遺骨に関して、浦河町教育委員会発行の報告書を根拠として、遺骨が明治以後の近代にいたって埋葬された遺骨であり、研究者が試料の年代を江戸期としているのは誤謬であること、したがって「篠田、安達両氏のアイヌ人骨研究はもともと文化財でもありえない近代のアイヌ人骨を江戸時代のものと主張して、架空の前提に立ってDNA研究を行ったことになる」したがって「両氏の論文の根底が揺らぐことになり、論文の取り消しをする必要があるのではないか」と指摘しました。

この指摘に対して、貴職は、遺伝子データの分析結果から江戸期のものである、と回答され、東栄32体の「ミトコンドリアDNAのハプログループ」の検討の結果、本土日本人の影響があるのは1体だけだった、よって「結果的にではありますが」「江戸期のアイヌそのものとの結論に至っております」とされています。

この回答は、研究者として初歩的な論理的誤謬を犯しています。結論によって前提を証明しようとしているのです。論文の狙いは、江戸期のアイヌ人骨のデータを調べて、アイヌの遺伝的成り立ちを検討するというものでしょう。そうであれば、データが江戸期の物であることが、分析以前に確定されていなければならないはずです。ところが貴職の回答は、和人の影響が少ないという結果によって、遺骨は江戸期のものであると結論付けようとしています。そうなると、論文の正当性を主張する論拠は次のような循環論法に陥るでしょう。

(東栄遺跡発掘のアイヌ遺骨は)なぜ江戸期といえるのか→和人の遺伝的影響が少ないから→なぜ和人の影響が少ないのか→江戸期の遺骨だから→
これは学術論文として成立しない欠陥ではないでしょうか。

「江戸期以前は和人の影響が少ない」という命題からは、「和人の影響が多ければ江戸期以前ではない」と言えますが「和人の影響が少ないから江戸期以前である」とは論理的に保証できません。明治以後のことは何も語られていないからです。実際、明治以後でも和人の遺伝的影響が少なかった地域があるかもしれません。東栄のアイヌ人骨は近代以後において和人の遺伝的影響が多いという先行研究が存在するのでしょうか。お教えください。


(3)

私どもは東栄遺跡の土器や石器が縄文早期の遺物であり、同時に発掘されたアイヌ遺骨が近代の物である以上、遺骨の文化財認定は誤認ではないかと指摘しましたが、貴職は「東栄遺跡のご遺骨はこれまでの多くの研究で近世のものとされてきました。私たちもそのような先行研究の結果を尊重して、今回の遺骨を近世のものとして研究を進めることに」してきたと回答されました。どのような先行研究がなされたのか、著者名、論文名、掲載誌、該当箇所をお示しください。貴職は「東栄遺跡のご遺骨が明治以降のものを含むか否かにつきましては、今後考古学を含む様々な見地から検証されていく」と述べられました。研究試料の時代に関して、問題があることを認められたと解されます。そうであるなら「論文を取り消す意思はありません」と結論されるのは誠意ある研究態度とは言えないのではないでしょうか。貴職は「本研究は『先住民族の権利に関する国際連合宣言』を踏まえた研究」であると主張されていますが、コタンの構成員の承諾を得ず遺骨から試料採取を行い、試料の時代の確定にも問題を残した研究が、どうして「先住民族の意志を尊重した研究」といえるのでしょうか。アイヌの先住権たる遺骨の追悼への権利を踏みにじり、研究の自己正当化を図ろうとする態度を認めることはできません。私たちは、両研究者が無断で先祖の遺骨を傷つけ、何らの反省の思いもないことに強く怒りを覚えます。

どうか、遺骨を持ち去られたコタンの末裔たるアイヌに誠実に向き合っていただきたい。誠意ある回答をお待ちします。

以上をもって再質問とさせていただきます。回答を少なくとも10月末日までにいただきたく申し入れます。


連絡先事務局 〒077-0032 留萌市宮園町3-39-8
アイヌ民族情報センター内 
北大開示文書研究会  三浦忠雄
Phone.Fax 0164-43-0128


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