裁判の記録
ラポロアイヌネイション 控訴理由書・準備書面1の要約陳述
第1 本件で主張する権利について
1 固有の権利
原審から主張しているように、控訴人のサケ捕獲権は、先住民族としての固有の権利です。
そもそも、先住民族の土地や自然資源に対する権利は、当該先住民族に属する各集団の持つ固有の権利です。この根拠は、原審での原告準備書面(1)3(1)3頁~12頁で主張しているとおり、先住民族の集団の歴史、集団の政治的、経済的、社会的構造、文化、精神的伝統等から導かれるものであり、有史以前から存在していた権利だからです。
国連先住民族の権利宣言(以下「先住民族の権利宣言」という)は、先住民族の土地、領域及び資源に対する権利が、「先住民族の政治的、経済的及び社会的構造並びにその文化、精神的伝統、歴史及び哲学に由来する」固有の権利であることを明記しています(甲13)。
このように、先住民族が土地、領域及び資源について固有の権利を有することは、カナダ憲法(1982年)35条、アメリカの判例法等によって国際的にも確立しているところです。
控訴人構成員の祖先であるコタン集団は、浦幌十勝川(旧十勝川)の河口部において、江戸時代以前からサケを食糧として、また交易品として長年にわたり捕獲し、サケを通じて精神的伝統や文化を紡ぎ、サケ捕獲の権利を有してきました(原審での原告準備書面⑴15頁~23頁、28頁以下等)。
アイヌのサケ捕獲権という固有の権利が失われることは、単にアイヌを経済的に困窮させるにとどまらず、アイヌの歴史を「無いものとし」、アイヌの文化そのものを否定するものでもあり、アイヌの精神の破壊でもある。この固有の権利の否定はアイヌという存在自体の否定なのです。そして、控訴人は、先住民族として有してきたサケ資源に対する権利を、一度として放棄したことはないのです。
2 「独占的・排他的」権利ではない
ところで、原判決は、控訴人の主張するサケ捕獲権が「独占的・排他的権利」と認定します。
しかし、控訴人は、原審から一貫して、歴史的事実として「一定の支配領域において独占的・排他的漁業権を有していた」とは主張していても、現在求めている権利が独占的排他的サケ捕獲権であるとは主張していないことは明らかで原判決が犯した大きな間違いなのです。そのことは、控訴理由書20頁以下、準備書面11頁以下で詳細に述べています。
次に、この固有の権利である本件のサケ捕獲権は国際法や憲法から根拠づけられた法的権利であることを主張しています。
第2 現代における法的権利である
1 国際法の理解について
原判決は、「漁業法、水産資源保護法及び本件規制において本件漁業権が認められていないことはあきらかであり、我が国の立法政策として本件漁業権は認められていない」と判示しました(原判決46頁)。
しかし、控訴人のサケ捕獲権は、先住民族の権利として、国際人権法上及び憲法上認められるものであり、水産資源保護法を理由に控訴人の権利を否定することは、根本的に誤っています。
先住民族の権利宣言はもちろん、自由権規約や社会権規約、人種差別撤廃条約の規定や、条約機関である委員会の一般的意見や一般的勧告により、先住民族の資源利用、管理の権利、漁業狩猟の権利は明確に認められています。この点については、控訴理由書49頁以下で詳しく述べているところです。
原判決は、これらの国際条約について「本件漁業権の法的根拠となるものではない」「公法的支配管理の及ぶ河川において先住民族が伝統的な活動の範囲を超えて排他的に漁業を営む権利を当然に認めているとまで解することができない」等と述べ、被控訴人は「自由権規約27条は……水産資源保護法の規制の及ばないサケ捕獲権を保障することまで義務づけるものではない」とか規約委員会の「一般的意見に法的拘束力はない」(原審被告準備書面(5)6頁)等と主張しています。しかし、控訴人らは本件サケ捕獲権を「排他的に漁業を営む権利」と主張していませんし、原判決が先住民族の文化を伝統的な活動の範囲、すなわち儀式や漁法の保存・継承等に限定することが先住民族の文化の理解において誤っていることは、控訴理由書21頁以下、24ないし41頁で詳しく述べています。
そもそも、原判決の判示や被控訴人の主張は、憲法98条の誠実遵守義務に基づいて、日本政府が批准し加入した国際条約が国内法的効力を有し、その効力において法令に優先することを無視しています。近時言い渡された多くの高裁判決や、最高裁判決において、法令の無効を判断するに際し、日本政府が批准した国際人権条約や、国連の宣言、国連人権理事会の決議、国連人権高等弁務官の勧告、自由権規約委員会の勧告等に基づいて法令を解釈し、条約に規定された人権を侵害する法令の無効を判示しています。最高裁判決においても、準正によってのみ国籍の取得を認めることや、非嫡出子の相続分を2分の1とすること、性別変更に生殖器除去手術を要件とすることや、優生保護法による強制不妊について、憲法に反するとした数々の判決において、国際人権条約の規定だけではなく、国連委員会の勧告や総括所見、最終見解、更には欧州人権裁判所の判決を根拠としています。原判決や被控訴人の主張は、このような、国際人権法に基づいて、法令や憲法を条約適合的に解釈するという最高裁判例の立場にも反しています。これらの点については、準備書面(1)14頁以下で詳しく述べています。
また条約を批准した以上、締結国は、条約機関である規約委員会の権威ある条約解釈である一般的意見を尊重しなければならず、また、条約を遵守しているかどうかについて委員会の審査を受け、出された総括所見を実施する責任を負うのです。日本政府は、自由権規約委員会から1998年、2008年、2014年、2022年の実に4度に亘って、人種差別撤廃委員会からは2001年、2014年、2018年の3度に亘って、条約の履行状況の審査としての総括所見において、先住民族であるアイヌに対して伝統的な土地及び天然資源に対する権利を充分に保障すべき、彼らに影響を与える施策について参加する権利を保障すべき、と勧告されています。国がこれらの勧告を受け止めてアイヌの資源に対する権利を保障するどころか、「法的拘束力がない」等と主張することは、そもそも条約締結の意味を失わせ、条約の誠実遵守を定めた憲法98条に違反するものです。この点についても控訴理由書48頁以下で詳しく述べているところです。
この点では、準備書面第6項で、国連の「ビジネスと人権」作業部会の報告書で、「文化的・儀式的目的でのサケ捕獲を許可するだけで、サケ捕獲によりアイヌの伝統的な生計を支えることはできない。作業部会は、この状況はアイヌの権利を制限し、且つ海でサケを捕獲することを許可された事業者に利益をもたらすことを懸念し、政府による再検討を正当とする」との記載を控訴理由書で指摘したところ、被控訴人から、これは個人の専門家の見解であって、国連や人権理事会としての見解ではなく、日本政府に対して法的拘束力を有するものではない、と反論をしています。しかし、この作業部会の報告書は、日本を含む理事会が全会一致で承認した国連指導原則を基礎としているほか、日本もこれをもとに国内行動計画を策定しているにもかかわらず、自らに不利になる報告書に対しては都合よく拘束力を否定するのは、矛盾した態度・ダブルスタンダードである、という反論をしてるところです。
このような国連や関連機関等による一般的意見や報告書などの権威を認めず、国内での拘束力はないと言い張る姿勢は、アイヌの問題に限ったことではなく、ほかにも様々な場面で同じであって、その姿勢は海外の国連関係者や人権専門家からすると異質であり、非常に残念に受け止められているということを、エセックス大学人権センターフェローである藤田早苗氏の著書を引用して、主張しています。司法が日本政府のこのダブルスタンダードや、国際的に恥ずべき対応を、是正できるかが今問われているのです。
2 憲法の国際人権法適合解釈
憲法の人権規定の解釈も、国際人権条約に適合するように解釈されなければなりません。この点については、準備書面(1)の26頁以下で述べています。
原判決も憲法13条が先住民族の権利を保障していることは認めていますが、この権利は、国際人権法の規定や解釈に基づいて、生計を維持するための漁業や狩猟の権利を含むものなのです。アイヌの川でのサケ捕獲行為は、その精神的世界とつながる宗教的行為としての要素もつよく、信教の自由を保障する憲法20条により保障されており、先住民族共同体の先祖伝来の土地や領域資源を保障する米州人権条約の財産権規定から見たとき、財産権を保障する憲法29条により保障されるものです。また、憲法25条は生存権を保障していますが、いわばアイヌが先住民族として存続、生存するためには、川でのサケ捕獲は必要不可欠であり、控訴人のサケ捕獲権を「先住民族の健康で文化的な生活を営む権利」として保障するものです。
被控訴人は、水産資源保護法28条は川でのサケを一律に禁止するものであるから差別にあたらないと主張していますが、人種差別撤廃条約は、権利享受について差別的な効果をもたらすことも禁止しています。和人とアイヌについて同じようにサケの捕獲を禁止したとしても、それは、川でのサケを主たる食糧や経済基盤とし、サケの捕獲によって精神世界と文化を築いてきたアイヌだけに著しい民族存亡の打撃を与えるものであり、差別であって憲法14条に反し許されません。
第3 文化享有権の保障する文化について
原判決は、文化享有権によって保障されるアイヌ文化は、伝統文化、伝承された漁法等に限定し、経済活動としての生業のは文化に含まれないとしました。
しかし、この解釈は、文化推進法2条1項のいう「『アイヌ文化』とは、アイヌにおいて継承されてきた生活様式」であるという定義に反しています。同法は、アイヌ文化は生活様式、すなわちアイヌが継承してきた生き方、暮らし方が文化であるとしているのですから、経済活動を含む生業はアイヌ文化そのものなのです。この文化についての理解は文化審議会答申も明言するところです。本件の処分担当庁である水産庁は、日本人の捕鯨について、日本文化であるクジラ食を保護するためには捕鯨が不可欠であり、捕鯨も日本文化であるとして南太平洋での捕鯨活動を肯定しています。アイヌ集団には文化としての経済活動を認めず捕鯨は認めて、日本人と差別している、この実態はビジネスと人権作業部会が指摘している点です。以上は控訴理由書26頁以下、準備書面37頁以下で述べています。
第4 水産資源保護法が本件漁業権に適用される限りで無効であるとの確認を求める訴えにおける確認の利益について
1 原判決の認定について
原判決は、水産資源保護法が本件漁業権に適用される限り無効であるとの確認を求める訴え(以下、「本件無効確認の訴え」という。)について、「他の適切な訴えによってその目的を達成することができる場合には、確認の利益を欠き不適法である。」とし、「本件においては、前記のとおり、本件漁業権確認の訴えは適法であると認められ、また、原告と被告らとの間の具体的な権利義務を確認の対象とする本件漁業権確認の訴えの方がより適切な訴えであるということができるから」という理由で、本件無効確認の訴えは却下すべきとしました。
2 原判決の請求棄却の根拠(より適切基準)の不当性について
(1)上記のとおり、原判決等は、複数の訴えがなされている場合の確認の利益に関して、「より適切な訴え」があるか否かという極めて抽象的な基準(以下、「より適切基準」という。)によって、その存否を判断しています。
(2)しかしながら、かかる確認の利益という要件は、明文の規定が無く、訴訟経済の見地から設定されたある意味解釈論に過ぎない制度です。そして、その効果は、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない。」と規定する憲法32条に真っ向から反して、実体審理を行わずに国民の裁判を受ける権利を実質的に「奪う」という極めて重大な効果を生じさせるものとなっているのです。
(3)かかる観点から見た場合、複数の訴えが競合している場合の「より適切基準」は、極めて抽象的に過ぎると言わざるを得ません。すなわち、一般人をして、どのような訴えがより適切なのか、誰にとってより適切でなければならないのか等、その内実が全く予見不能であって、社会通念に照らしても基準として機能していないのであって、これでは裁判官にフリーハンドの受訴裁量を与えたに等しい制度運用となっている。特に、本件のように国家に対する訴訟については、かかる「より適切基準」では、国家に不都合な訴えが国家によって恣意的に却下されるという危険が生じ、憲法32条の国民の裁判を受ける権利が実質的に侵害されるという極めて重大な危険性を内包するものとなっているのです。
3 「より適切基準」の明確化の必要性について
上記「より適切基準」の趣旨が訴訟経済にあること、同基準の規範としての不適切性及びその効果の重大性等に鑑みれば、そもそも憲法32条に反する可能性が高い「より適切基準」が合憲とされるのは、他の訴えと要件及び効果の双方に実質的同一性が認められる場合、という極めて限定的な場合に限られなければなりません。
4 原判決の却下判決の不当性について
この点、本件漁業権確認の訴えと本件無効確認の訴えは、いずれも水産資源保護法28条違反の刑事処分を受け得る危険を回避する利益がある点では同様です。しかしながら、前者は「差別」に当たらなくても「漁業権」が認められれば認容される訴えであるのに対して、後者は「漁業権」が法的に認められず、「重要な保護法益」に止まった場合でも、「差別」に該当すれば認められる訴えであって、両者の要件は明らかに異なっています。
従って、かかる2つの訴えについては、仮に前者が認められなかった場合でも、後者が認められる可能性があることは明らかであって、控訴人は後者を予備的請求と位置づけているところです。よって、原判決が、何らの根拠を示すことなく、前者がより適切な訴えであるとして、後者を却下したことは憲法32条及び処分権主義等に違反する判決と言わざるを得ないのです。
5 憲法上の権利と認められない場合でも、重要な保護法益に対する差別を構成する法令であれば無効となること
憲法上の明確な権利として認められない場合であっても、「個人の人格的存在と結び付いた重要な法的利益」であることが認められれば、かかる法的利益について、合理的な根拠に基づかずに、差別的取扱いをする場合には、憲法14条1項等に違反する。このことは、同性婚規定の立法不作為に関する令和6年10月30日東京高裁判決等においても判示されているとおりです。
原判決においても、アイヌの人々は、憲法13条等によりアイヌ固有の文化を享有する権利(以下、「文化享有権」という。)を有しており、「アイヌの人々の文化享有権の行使との関係において、サケの採捕は最大限尊重されるべきもの」として、重要な法的利益と認められるとされているところです。
このように、本件のサケの捕獲が憲法上の保障された文化享有権との関係において最大限尊重されるべき重要な法的利益と認められた以上、かかる法的利益についてなされた、合理的な根拠のない差別的取扱が憲法14条に違反することは明らかなのです。
(2025年3月18日、札幌高等裁判所802号法廷で陳述)
【参考】
ラポロアイヌネイション控訴理由書(2024年9月13日づけ)
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2024年12月27日、北大開示文書研究会