提訴2周年スペシャル
ラポロアイヌネイション
「サケ捕獲権訴訟」学習会
報告1 ラポロ裁判の現在地 平田剛士(フリーランス記者)
みなさん、こんにちは。北海道滝川市に住んでいる和人で、フリーライターの平田剛士と申します。きょうは、こんなにたくさんのみなさんの前でお話しする機会を与えていただき、主催者のラポロアイヌネイション、また北大開示文書研究会のみなさんに深く感謝申し上げます。
本日、わたくし以外のスピーカーは、この裁判の原告であるラポロアイヌネイションの差間正樹会長、また原告弁護団の市川守弘弁護士、そして長岡麻寿恵弁護士といった方々です。つまりこの裁判の当事者、しかも3人全員が原告の立場のみなさん、というわけですけれども、そのなかで私だけが、この裁判の直接的な当事者ではありません。そんな私のきょうの役割は、この裁判について、ちょっと後ろに引いた場所から、これまでの経過をご説明すること、あるいは、あえて被告側、つまりこの裁判でラポロのみなさんに訴えられている日本政府と北海道庁の主張をご紹介することかな、と思って、準備してきました。どうぞおつきあいくださいませ。
まず裁判の舞台をご紹介します。こちらグーグルアースの衛星写真です。北海道の島の南東部、南北100km、東西50kmと、アイヌモシㇼ/ヤウンモシㇼ=北海道島内にあって最大の広さを誇る十勝平野を擁する十勝川流域のいちばん下流部に、ラポロのみなさんがお住まいです。
十勝川は島内有数のサケの遡上繁殖河川で、河口付近の沿岸部にはこんなふうに秋サケ定置網がずらっと並びます。近年は低迷していると言われていますが、昨年2021年度の実績で、沿岸定置網漁で59万143尾(えりも以東西部地域)、金額にして16億6573万円(えりも以東西部地域)のサケが捕獲されています。このほか、人工増殖のための卵、イクラと精子を絞るために、流域7カ所の捕獲場で毎年10万尾~69万尾のサケが捕獲されている、そういう川です。
アイヌにとってサケが特別な魚であることはいうまでもありませんが、日本国にとっても特別な魚です。水産資源保護法は、内水面での自由なサケ捕獲を禁じています。
(内水面におけるさけの採捕禁止)
第28条 漁業法第八条第三項に規定する内水面においては、溯河魚類のうちさけを採捕してはならない。ただし、漁業の免許を受けた者又は同法第六十五条第一項若しくは第二項及びこの法律の第四条第一項若しくは第二項の規定に基づく農林水産省令若しくは規則の規定により農林水産大臣若しくは都道府県知事の許可を受けた者が、当該免許又は許可に基づいて採捕する場合は、この限りでない。
この法律は昭和時代に作られたものですが、もとをたどると、明治時代初期の開拓使布達までさかのぼることができます。この経緯については、山田伸一さんの『近代北海道とアイヌ民族』(北海道大学出版会、2011年)が詳しく解析しています。
開拓使乙第9号布達 1876(明治9)年
「テス網」漁と夜漁を禁止開拓使乙第30号布達 1878(明治11)年
川でサケ・マスを捕る場合、曳網(ひきあみ)以外の漁法はすべて禁止、曳網であっても夜漁、支流では一切禁漁
こちら、先日21日の地元でのカムイノミ/イチャㇽパのさいに撮影させていただいたラポロアイヌネイションのみなさんのお写真です。構成員は現在11名、ほかにそれぞれご家族のみなさんが加わって、浜厚内の漁港を拠点に、大半のみなさんが漁業に従事しておられます。
そのラポロアイヌネイションが、ちょうど2年前、2020年8月17日に札幌地方裁判所に訴状を提出しました。こちらが冒頭の一文です。
ラポロアイヌネイション訴状(2020年8月17日)
本件は、浦幌町内の唯一のアイヌ集団である原告が、浦幌十勝川河口部においてサケを捕獲する権利を有することの確認を求める訴えである。
十勝川は、海に到達する直前、「三角州性低地」と呼ばれる地形をかたちづくっていて、最後は東西二股に分かれて太平洋に注いでいます。東側の川が浦幌十勝川と呼ばれていて、この川でのサケ捕獲権を、ラポロのみなさんは裁判所に問いかけたわけです。2019年にアイヌ施策推進法が成立して、日本の法律がアイヌを初めて先住民族だと明記しました。だったら日本国は、先住民族に固有の権利、いままで少なくとも150年にわたって不当に妨げてきた権利だって認めるべきだろう、そういう思いを、提訴の日の記者会見でラポロの長根弘喜さんや差間正樹さんは語っておられました。
裁判所は訴状を受理して、訴訟の相手、つまり日本政府や北海道に通知しました。国と北海道の反応は「争う」、つまり、ラポロにそんな権利なんてありません、そういう態度を公式に表明して、裁判が始まりました。
2020年10月9日の第1回口頭弁論からきょうの第9回口頭弁論までの2年間に、被告となった日本国と北海道からは、訴状に対する答弁書が1通と、追加の反論文である準備書面が計5通、裁判所に提出されています。これらのドキュメントは、北大開示文書研究会のウェブサイトに原文が公開されているので、きょうはちょっと論点を整理しながら、いくつか抜き書きをごらんいただこうと思います。
まずこれ、被告準備書面(1)の抜き書きです。
被告準備書面(1)(2020年12月)
原告が確認を求める本件漁業権については、法的根拠がないといわざるを得ないが、それにもかかわらず、原告において本件漁業権が法的根拠を有すると主張するのであれば、具体的にいかなる法令・条項に基づくものであるか(略)明確にされたい。
これを読んで、私は一休さんのトンチ話を連想しました。「屏風の絵の中のトラをつかまえるのは、いくらなんでも無理だろ?」とイジワルされた一休さんが、「そんなの簡単ですよ」とうそぶく。屏風の前でタスキを掛けて身構えて、殿様に「さあ、トラを屏風から追い出してください、そしたら僕がそれを捕まえて縛り上げますから」と言う。これは一本とられたワイ、わはは、という、アレです。この書面で被告の日本政府と北海道は、「権利があるというなら、ラポロは自分でそれを証明してみせろ」と言っています。小坊主なら「トンチが効くやつ」と笑ってすませられるかもしれませんが、国家政府が先住民族を相手にこれをいうとは、無責任にもほどがある、そう感じました。
おっとすみません、いまは被告の立場でおしゃべりしているんでした。
権利があるというなら根拠を示せ、と被告はいうわけですが、実はラポロ側は、自分たちの権利の根拠を訴状で縷々、述べています。
ラポロ訴状(2020年8月17日)
そもそも明治以降の日本政府によるアイヌ諸集団のサケ漁を禁止する合法的理由は現在に至るも全く明らかになっておらず、かえって違法」「原告は浦幌町に江戸時代から存在していた複数のコタンが自らの支配領域内において独占的・排他的に有していた漁猟権としてのサケ捕獲権を引き継いでいる
きょうも会場にお越しですが、歴史家の榎森進さんが、第一回口頭弁論後の記者会見場で、フロアからこんなふうに発言されていました。
榎森進さん 2020年10月9日
〈北海道でアイヌの人たちの権利が全面的に日本の法律によってうんぬんされるようになったのは、明治2年(1869年)からなんですね。それまでは、アイヌ社会はずーっと何百年、現在北海道と呼んでいるこの土地で生活してきて、土地あるいは資源を利用してきたわけです。いま文化を継承するといっても、それを支える権利、あるいは生活のありかた、それが保障されないと文化も本当の文化にならないと思います。この「なりわいとしての先住権」を実現していくこと、過去の姿をもう一度再現することが非常に大切だと、私は歴史を勉強して、そのように考えております。〉
つまり歴史、とりわけ明治時代初期の日本政府のふるまいの中に、いまラポロが確認を求めている諸権利の根拠がある、それがラポロのみなさんの主張です。
ところが、そういう歴史について、われらが日本政府・北海道は何と言っているでしょうか。原告はもちろん、裁判所からも、ハッキリ返事しなさい、とくりかえし求められた挙げ句の、一番新しい答えがこれです。
被告ら第5準備書面(2022年4月22日)
〈国際法に基づく原告の主張に理由がない〉
〈憲法に基づく原告の主張に理由がない〉
〈条理に基づく原告の主張に理由がない〉
〈被告ら第1準備書面、被告ら第4準備書面及び本準備書面第1ないし第3で述べたことからすれば、上記部分にかかる事実の有無にかかわらず、原告の請求に理由がないことは明らかであるから、認否の要を認めない。〉
つまり、歴史なんて関係ない、見る必要なし、と言い切ってます。これが現在の、われらが日本政府・北海道の公式見解です。もう榎森さんや差間さんのお顔を直視できないわけですが、こちらをご覧いただくと、いっそう日本政府のユニークさが際立つと思います。
「問題は過去を克服することではありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし、過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。」
1985年5月8日、第2次世界大戦終戦40年記念講演で、西ドイツ大統領リヒャルト・フォン・ワイツゼッカー氏の演説から、和訳=Wikipedia
あといくつか、わが日本政府、わが北海道ながら、あちゃーと頭を抱えたくなるテキストを抜き書きでご紹介します。
被告ら第5準備書面(2022年4月22日)
〈ICCPR第27条は、少数民族が自己の文化を享有する権利について規定するにとどまり、原告らの……さけ捕獲権等の権利を保障することまでを同締約国に義務付けるものではないし、……自由権規約委員会の一般的意見は……法的拘束力を有するものではなく、ICCPR締約国がこれに従うことを義務付けられるものではない〉被告ら第5準備書面(2022年4月22日)
〈先住民族宣言のような国連総会決議は飽くまで勧告にすぎず、……法的拘束力を有するものではない、しかも、そもそも我が国は、ILO第169号条約を批准していない。したがって、……原告の……さけ捕獲権を保障することを締約国に義務付けるものではない〉被告ら第5準備書面(2022年4月22日)
〈我が国において、アイヌの人々は、道知事の許可を受けて……採捕を行うことができることに加え、アイヌ施策推進法17条により、……採捕をより簡素化された手続で行うことができるとされていることに照らせば、アイヌの人々に対しては、その文化を享有する権利が適切に保障されており、ICCPR第27条の規定の趣旨に沿った国内政策が実施されているということができる。〉
これらの言い分がどれだけ「あちゃー」なのかは、この後、原告弁護団の市川さんと長岡さんがトコトン追求くださると思いますので、ここでは原文テキストをご紹介するにとどめます。
きょうの私のお話、タイトルは「ラポロ裁判の現在地」でした。ラポロのみなさんがこの裁判を提起された2020年8月17日をいちおうのスタート地点と見て、まる2年たった今、いったいどこまで進んできたのか。ご覧いただいたように、ラポロのみなさんが突きつけた歴史年表から、被告の日本政府と北海道は頑なに目を逸らし続けています。そのせいで、きょうまで9回も口頭弁論が開かれて、分厚い準備書面が何冊も交換されてはきたけれど、被告の言い分は屁理屈ばかりで、日本国のアイヌモシリ植民地支配の歴史評価について法廷論争を期待していたのに、1ミリも前に進んでいないじゃないか、と思われるかもしれません。その点、私もとっても残念な気持ちです。
とはいえ、この2年間が無駄に費やされたとは、ちっとも思いません。何よりこの裁判のおかげで、われらが日本政府、われらが北海道が大きなウソをついてきたことが、非常にハッキリと世の中にバレました。この裁判で、日本政府と北海道は「おまえたちに特別な先住権なんてないんだよ!」と、原告のラポロに対して、そして裁判所に対して、つまりきわめてオフィシャルな場所で、言明しているのです。国連総会で「先住民族の権利に関する宣言」に賛成したのも、法律の名前に「アイヌの人々の誇りが尊重される社会をめざす」と書いたのも、真っ赤なウソでしたって、自分で言っちゃったってコトです。これ、大ニュースだと思います。
きょう、この会場には、私と同じように、和人のアイディニティ――帰属意識――をお持ちの方も多いと思います。ラポロの先住権を返してくれという訴えに共感して、会場まで出かけてきてくださった方も多いと思います。そんな私たちが、この裁判から学習するとしたら、それはわれらが日本政府、われらが北海道が、こんなにひどいウソをついているのが分かっちゃったいま、平然としてていいのか、っていうことではないでしょうか。
私のお話はこれでおしまいです。どうもありがとうございました。
(スピーチ予稿、2022/09/05公開)